ON SALE

 

 伸彦は、いつもの吸っているセイラムライトに火をつけようと、ライターを探していた
左右のズボンのポケットに手をつっこんだ。

「あれ、どこだっけ?」

そうつぶやきながら今度は、Yシャツの胸のポケットを探した。
    
「チクショウ、頭いてーなー……、アッそうか、昨日のジャケットの中だ」

家賃28000円の安アパートが、彼の城で、壁が薄くいつも隣の夫婦ゲンカがうるさい、
そんな城だった。
彼が、ジャケットのポケットに手を入れると、昨日使いそこねたコンドーム、100円ライター、それから
小さなメモが出てきた。

「くそう、佐和子のヤツ…」
そうつぶやくと、彼はソファーに体をうずめて、ようやく念願の一服を始めた。

しばらく、うまそうに煙を吸っては、はき続けた。
煙の向こうからは、いつもの、少し灰色がかった都会の空がアパートのまどから覗いていた。

さっき、なにげにテーブルの上に置いたコンドームとメモに目がいったのは、セイラムが、
フィルターの所まで迫りかけたころだった。

    [明日、6:00pm いつもの店で、佐和子]

昨日は、彼女のマンションで、ホワイトを飲みすぎてあまり記憶になかったのだが、彼女が
帰り際に渡したメモの様だった。

「6時か………」

そうつぶやきながら、シケモクに火をつけようとした時、突然、TELのベルが鳴った。

「もしもし伸彦?」

ピンクの受話器から聞こえてきたのは、CLUB「ATLAS」で知り合ったコギャル、ひろみ
の声だった。

「ねえ、伸彦今日空いている?」

今の16〜7才の女の子特有の、妙に明るい早口で、ひろみが聞いてきた。

「今日?、う〜ん」

彼は、片手に、まだ少し吸えそうなシケモクをみつめながら、少し考えた。                   
                    

「今日か〜」
  
彼は、佐和子のメモを見ながら、こう答えた。

「夕方くらいまでなら空いてるけど」

「えー、夜遊べないのー?」

「うん、ちょっと友達と約束してるんだ」

「友達?」

「うん」

「女じゃないのー?」

「違うよ、ホラ、アトラスでいつも一緒のケンジだよ。そう、スキンヘッドのあいつ」

「ふーん、じゃ今からイノガシラ公園いこ!」

「わかった、じゃ今10:30だから、12:00にこのあいだのベンチで…」

「うん、じゃー後でね」ブチ!

(まだ、電話の切り方も知らないコギャルだ)

そう思いながら、彼はそのハデな受話器をおいた。
 

                      ◆

 ひろみは、都内の某有名女子高の2年生で、成績は良い方だったが、携帯とポケベルをもち歩く
今風の、いわゆる「コギャル」と呼ばれる女子高生である。

11:50ーイノガシラ公園

伸彦が、ベンチに座っていつものセイラムを吸っていると、クリスマスの発信音とともに、
彼のポケベルが鳴り出した。

ー15フンオクレルー

「ったく!」

そうつぶやくと、彼は、まだ吸い始めのセイラムを池になげつげて、腕時計をみた。

(あいつから誘っといて……  だから時間にルーズなコギャルはいやなんだ!)

心でそうつぶやくと、彼は、再びポケットのセイラムに手をのばした。

「いけないんじゃないか?!」

突然、彼の耳にその妙に元気な老人の声が聞こえた。
伸彦が驚いて顔をあげると、池をはさんだ向かい側に座っている70前後の男が、怪訝な顔で
こちらをにらんでいた。

「そこのおまえだよ、あんたねー、タバコを吸うのは個人の勝ってだよ。でも喫煙マナーを
守らねばいかんよ、キツエンマナー!」

池中に響きわたる様な元気な声で、その老人は、伸彦をにらみつけていた。
伸彦は、その妙に元気な老人の声に少しうろたえたが、老人をにらみ返して、中指を立てる
ポーズをした。

「Fuck You!」

約束時間の20分遅れで、ひろみは現われた。

「ベルなったー?」

息をはずませるでもないその言葉に、少しムッとしながら伸彦は答えた。

「ジュース買ってよ」

「エッ?……ジュース?」

「そう、ジョージアがいいな。おまえから誘って遅れたんだから、それくらい当然だろ」

一瞬ひろみは、ひょうし抜けした様な顔をしてから、つぶやく様に答えた。

「………わかった」

少しショボくれて、ひろみは、とぼとぼと自販機の方へ歩きだした。
伸彦は、立ち上がり、池の柵の方へのり出し、ヒジをついて空を見上げた。

(あー、空って、何で青いんだろう。赤かったら気が狂っちゃうのかなー)

白と灰色とブルーのまざった様な空を見上げながら、伸彦は、目を閉じた。
遠くからは、赤ん坊を叱る母親の声、車の音、それから、都会独特の喧騒音を感じる
ことができた。

「はいコーヒー」

ひろみの声が、彼を喧騒の世界から、現実の世界へと戻した。

「あっ、オウ、……サンキュー」
「あれ?、これジョージアじゃないじゃん」

「えっ、あ、うん、なかったのゴメンね」

「いいよいいよ、これジャイブもうまいじゃん」

「うん」

「歩こうか?」

「うん!」

二人は、散り始めた桜の花びらを踏みしめながら歩き出した。

「伸彦!」

「ん?」

「頭についてるよー」

「何が?」

「桜」

「え?!」

伸彦は、何のことだかよくわからず頭をさわった。

「まだついてるー」

「何だ、花びらか」

伸彦は親指と人さし指に、淡いピンクの桜の花びらをつまんでじっと見つめた。

「………桜って不思議な花だなー」

「どうして?」

「だってすぐ散っちっちやうじゃん。それに1年に1回しか咲かないんだぜ」

「あったりまえじゃん、それのどこが不思議なの?」

「んー、もういいよ」

伸彦はもう片手にもったジャイブをグビグビと飲みほした。

二人は池を右回りに歩き、先ほど居た場所とは対岸の所まで来ていた

「おう、若者」

ちょうど、会話がとぎれがちになった二人に、再びあの老人の声が聞こえた。
ひろみは、伸彦に耳打ちするような小さな声でささやいた。

「だれ?このオッサン」

「無視無視」

伸彦は、老人と目があわない様に歩きつづけた。

「ガハハハハ」

突然、その妙な老人は、大きな声で笑い出した。

「ちぇ!」

「なによコイツー」

「いいよいいよほっておけば」

その老人から10m程離れたころ、伸彦はチラリと目をやった。
彼女は、その老人の笑いが、何なのか分からず、いつまでも不思議そうに後ろを気にしていた。

「すっごいムカつくヤツさ」

「えっ?」

 

伸彦は、先ほどのタバコの件を話はじめた。

話が終わると、彼は突然、空になったジャイブの缶を池の方へ投げつけて叫んだ。

「にげろ!」

ジャポンという音とともに池に、同心円の輪が広がった。

「え?!」

「いいから!」

伸彦は、ひろみの手を握って走り出した。

「ハア、ハア、ハア、………ザマーミロ」

「ハア、ハア、…………………ムカつくジジイだね……ハア、ハア、ハア」

 二人は、息を荒くして言葉を交した。
気が付くと、二人はキチジョウジのマルイの前まで来ていた。   

     

「サテン入ろかーおなか空くかない?」                                                      
「うん、もーすっげーハラペコ」            

二人は、キチジョウジのコンコースを抜けて、北口の商店街まで来ていた。

「こっちの方に、いい店知っるんだ」

彼は、顎と目で、その方角を示した。

「よく行くの?」

「えっ、あー、そうだな」

「誰と行ったのー?」

「っるせいなー!」

「あやしー」

「ヤローとだよ」

彼は、ちょっとムッとしながら答えた。
「喫茶48時間」」は、キチジョウジの外れにある、エスプレッソと手造りハンバーグがうまい、
いつも佐和子と立ちよる喫茶店だった。

「いらっしゃいませー、お二人様ですかー?」

ドアをあけると、高校生くらいのアルバイトの甲高い声が飛び込んで来た。

(そうかー、今春休みだもんなー)

彼は、ひろみに聞こえるでもない小さな声で、独り言をつぶやいた。

「ふー、イップクしよ……」

「あっ、いつものメンソール!」

「うん」

「知ってるー?それ、吸いすぎるとあっちのほうダメんなっちゃうって」

「知ってるよー、みんな言ってるじゃん
  でもダイジヨーブ、今度証明してやろか?」

「ヤダヨー、べー」

ひろみは、小さな、少し厚め唇から、ピンク色した舌を出して、ポーズをとった。
伸彦は、口元を、ニヤリとさせて、窓のそとに目を向けた。

と、そのとき、彼のポケベルが、再びクリスマスのメロディーを奏でだした。

-4ジニヘンコウOK・?-

佐和子からだった。

「ねえ、今の誰から?」

「ん?!……あっ…そう、ケンジからだよ、ケンジ」

「なんて入ってるの?」

「うん、4時に待ち合わせだって」

「見してー」

伸彦は、ベルトに付けたポッケットベルを見ながら少し考えた。

「いっらしゃいませー、御注文は?ー」

先程の、ウェイトレスがひろみの質問をさえぎった。

「えーと、何にする?」

「私カレー」

「カレーもいいけど、ここハンバーグすっごいウマイんだぜ、ねっ!」

伸彦は、そう言ってウェイトレスに合ずちをうった。
ウェイトレスは、少しはにかんで、軽く握った右手を、口の方に当ててうなずいた。

「じゃあ私ハンバーグセット」

「オレも、それでいいや」

「かしこまりました」

「ふー」

伸彦は、小さく息をはいて、テーブルの上のセイラムに手をのばした。
火をつけようとライターを握ると、ジっと自分の方を見ているひろみに気が付いた。

「見してよー」

「……そんなに、オレが信用できないのか?」

「…もーいー」

その言葉を最後に、二人の会話はとぎれた。