人生と死


人は皆、死を前提に人生を歩んでいる。死は、明日来るかもしれないし、30年先かもしれない。
そんな人生の中で、本当に満たされた瞬間ってあるのだろうか?ジョンは、 イマジン で、 天国
も地獄もないって歌ってるけれど、本当のところどうなのだろう?本当は、カルマが実際あって、
死後、天国や、地獄、天の裁きがあるのかもしれない。前世、来世、インドや仏教では、輪廻の
思想がある。ブッダは、本当に生きること、死ぬことの全てがわかって、悟りを開いたのだろうか?
全てが解るって、どんな気分だろうか?寂しくないのだろうか?本当は、どんな徳の高い お坊さん、
聖者でも、死後の世界が解る人なんて、この世に1人もいないのかもしれない。それを知ろうとする
のは、人間だけかもしれない。動物は、そんなこと考えず、必死に今日を生きている。死を、 永眠と
言うが、長い人生と言う夢からの目覚めなのかもしれない。この世には、結局、自分1人 しかいない
のでは?これは、僕だけの独り言なのか?キリスト教みたいに、他人の存在を信じることで、自分は
救われるのか?天動説を信じると、自分を中心に世界が回っていて、この世には、自分独りという
ことになる。自分のなかに核が有ると。地動説を信じると、核は外部にあって、自分が、核の周りを
回っていて、友や兄弟も、星の数ほどいることのなる。その核を、人は「神」と呼ぶのかもしれない。
僕は、どちらも正しいのだと思う。「神」を、自分の中に見るのか、自分の外に見るのか、どちらでも
良いように思う。

 

2016年初夏 加藤 K記