黒い海

僕は、車を止めて、ウィンドゥを開け、晩夏の生温い空気を車内に入れた。
道は、黒い夜の海へと続いていて、その先はどこへつながるのか、僕にも判
らなかった。
都会の喧噪を脱けて、ここまで来ると、静寂に包まれ、だんだん心が落ち着
いていくのが感じられた。
耳を澄ましてみると、かすかに、鈴虫が鳴いているのに気がついた。

しばらく、無心になってボーっとしていた僕は、再び車のエンジンをかけ、
ゆっくりと車を動かし始めた。


車が黒い海の岸に着いて、僕は辺りを見回した。
水平線には、おぼろげに半月が、顔を覗かせていた。僕は、車から降りて、
砂浜に立った。夜明け前の、海の潮気を含んだ暑くも寒くも無い風が身体
に当たるのを感じた。しばらく、海岸線ぞいに歩くと、古い遺跡の様な、
地下へと続く階段を発見した。何だろうと思い、階段の先を覗き込むと、
真っ暗で、僕は少し恐くなり、小走りに車へ戻った。
「そうだ!車に懐中電灯が置いてあったはず!」
僕は、そう独りごとを呟き、後部座席から、少し錆かけた懐中電灯を取り
出した。

再び、階段の所まで戻ると、海鳴りが結構大きく聞こえてくるに気がついた。
「ちょっと、風が強くなって来たな…」そう呟くと、僕は懐中電灯をつけて、
階段の方を照らした。
階段を降りていくと、遠くの方に、微かに明りがあるのに気がついた。
「なんだろう、人が居るのかな?」
「誰かいますかー!」
そう叫ぶと、自分の声がこだまして、声が、階段の下の方へ吸い込まれていった。
30分くらい歩くと、突然階段が終わり、僕は明るく黄色い光りに包まれた。
「何だこれは!!」

そこには、信じられない光景が広がっていた。
古代の遺跡なのだろうか?!中心が眩しく光る同心円状の構造物が広がって
いたのだ!!



迷路の様な遺跡の建物を、僕はウロウロ歩き回った。
遺跡の中は明るく、暖かい風が吹いていた。
人の気配は、全く感じられず、奇妙な色と形の植物が、同心円状の遺跡
の中心の明るく輝く太陽の様な光りに向かってに咲き乱れていた。

この遺跡に入ってどのくらい経っただろう。
どこからともなく、聖歌の様な歌声が光の中心から聴こえて来た。
僕は、その正体が知りたく、遺跡の高い位置に向かって歩き始めた。

しばらく歩くと、遺跡の町並みが見渡せる、小高い丘の上にで出た。

聖歌は、いよいよ大きな歌声で聞こえる様になり、僕は光の中心に近づい
た。辺りでは、花の香りの様ないい匂いが立ちこめていた。

なんて眩しいんだろう?!
あまりの眩しさのため、目が眩みそうだった。

エコーの様な聖歌のこだまする中、僕は、もう一度光を見つめようと目を
こらした。

突然、光りが僕の方に伸びて来て僕を包み込み、僕は激しいめまいに襲わ
れ気を失ってしまった。

何時間たったのだろう。
気がつくと、辺りは、白い霧が薄くかかった朝だった。
僕は、ハンドルにうつ伏せになって寝ていたみたいだ。

波の音が優しく、辺は静かだ。

ぼくは、車から降りて、ジャンパーを羽織った。少し寒い。

そうだ!遺跡だ!!
ぼくは、昨晩の遺跡の所迄、はや歩きで向かった。
遺跡は、何故か昨日の階段はなく何かの墓の様に
無言で僕を出迎えた。

辺りを見回すと、錆びた自分の懐中電灯が、ころがっていた。
暫くして、僕は車に戻った。

「きっと、あれは夢だよ…」

履き捨てるようにそう呟くと、ぼくは車のエンジンをかけた。
ランドクルーザーは、浜辺を緩やかにターンして、
街の方へと走り出した。